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「危険がいっぱい明治の道」

2007年6月9日

「仙岩峠旧道」秋田側調査明治9年の道を辿るも、
切り通しの先から道がわからなくなった。

 今回は、仙岩峠旧道・秋田側の「明治の道」(略称=大久保利通によって名づけられた仙岩峠で、明治9年から旧国道46号が開通する昭和39年まで利用された峠道)の調査と、それ以降に利用された旧国道46号の調査です。明治の道の水源地の先の危険ポイントのロープ場作りを行い、さらに進んで道の切り通し場を確認したが、その先で道がわからなくなり引き返した。その後、旧国道46号跡の道路を上り、道の完全崩落地点を確認した。

明治の道の石垣の擁壁

 

崩落地をロープ道を通す

 昨年の予備調査の教訓から、今回は「ロープ」「ポール」などを装備して仙岩峠旧道の調査に向かった。午後に崩れる天気予報を気にしながらもスタートが送れてしまい、結局午前11時頃に国道46号「仙岩峠の茶屋」から旧国道跡(略称:昭和39年に完成し、昭和51年に仙岩道路が開通するまで利用されていた旧国道46号)に入った。

 旧国道から「明治の道」の入り口で車を返し、うまくいけばヒヤ潟まで踏破し、そこから岩手側に降りて旧国道跡と岩手県道の国見温泉線との分岐点でピックアップしてもらう計画で出発した。

道いっぱいに「ミズ(うわばみ草)」

 

突然現れた切り通しの道

 「明治の道」の入り口付近は、崩落による道に整備が本格的に行われていた。昨年11月の秋枯れの風景とは一変して、道端は蕗をはじめとする山野草と木々が織りなす緑一色の世界で空気までも緑の色にすら感じた。

 前回の予備調査で確認した「水源地の枡」までは順調に進んだものの、この先の崩落地を安全に通過するために、ループを張る作業に思ったより時間を費やし(もっともほとんど三浦隊長が一人で作業した。)このロープ場が完成して通過したのは12時を過ぎていた。

 ここから先の道は、山の土砂に埋もれ、かすかな道の痕跡と三浦隊長の「ポケナビ」を頼りに進むと、ところどころに石積みの擁壁が残り、明治の峠道とその構造を確認できる。その大きな特徴となる山の斜面を平行に削った緩やかな傾斜が続き、荷車や人力車の通行がうなずけるものだった。道路はいたるところ沢に削り取られ、崩落や植生によって崩壊が進み、墜落の危険のある場所や藪こぎを余儀なくされる場所もあった。

 遅い昼食を取り、天気を気にさながら進むと「切り通し」の道が現れ、道は山の斜面を削った道と切り通しの道に2つ分かれていた。斜面を削った道は途中で道の痕跡が見えなくなくなり(切り通しが作られる以前の道かもしれない?)そこで切り通しの道を抜けて左手に進み、薮を越えると道の痕跡が現れた。

 しばらく行くと今度は沢筋にまったく道の痕跡がなくなり、とても歩けない危険な状態になったことと、雨が降ってきたためにヒヤ潟までの踏破を断念して引き返した。三浦隊長の「ポケナビ」で確認すると、明治の道の入り口からヒヤ潟までのちょうど中間ぐらいの位置とのことだった。途中で山菜を収穫し明治の道の入り口まで戻った。

 そこで迎えの車を使い、旧国道46号跡をヒヤ潟方面に向かった。道端の木や草が車のボディをかするが、辛うじて通行は可能だった。昨年の11月に確認した崖上からの崩落地を過ぎてしばらく行くとついに、崩落によって道が完全に削りとられた場所に着きいた。そこは人や自転車ならば通過できる程度の幅を残し、かなり下まで一気に崩落して崖となっていた。そこからは、はっきりヒヤ潟の鉄塔が確認できた。

 今回の仙岩峠旧道秋田側調査は、切り通しから先の道という新しい課題を残して終了した。

旧国道46号の崩落地