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「悪戦苦闘 明治の道」

2007年7月7日

「ヒヤ潟」から向かった明治時代の峠道は、
九十九折に樹木の侵食による荒廃が進み、かなり難渋した。

 5月26日の仙岩峠の茶屋から上った秋田街道(明治の道)を、今度は頂上に近いヒヤ潟から下ってみた。ヒヤ潟から旧国道46号を秋田方面に進み、東北電力の作業道を利用して下におりた。下る途中で、秋田街道(明治の道)に突き当たり、作業道として利用されている道は歩きやすかったが、作業道が終る鉄塔付近からの九十九折の道は、樹木の侵食による荒廃が進み難渋を極めた。

 6月は、仙岩峠の茶屋から旧国道に入り、途中から明治・大正・昭和と使われた秋田街道を上ったが、今回はヒヤ潟からその仙岩峠の茶屋までの道を下るコースを調査した。

 ヒヤ潟付近は、その道が不明なので舗装された旧国道を秋田方面に進み、東北電力の作業道を使って、秋田街道を目指した。鉄塔を過ぎて下って行くと、T字路のような場所に出た。左は上りで、途中で道が消えている。右はゆるやかな下りで、今までの作業道とはちょっと雰囲気が違う道だった。これが秋田街道と思われる。

 道そのものは、東北電力が管理しているためかかなり整備され、秋田街道の特徴でもある緩い勾配がとても歩きやすく快適な道で、しばらく行くと東北電力の鉄塔があり、道はそこから見えなくなってしまった。

 鉄塔付近から道を探すとかすかな道の痕跡があり、下へ九十九折の道が残っていた。かなり荒廃が進み、辛うじて道だとわかる程度で、かなり難渋しながら進むと砂防堰堤があり、道はさらに続いていたが、今回は、その場所を記録して引き返した。

ヒヤ潟から降りた「明治の道」

 

ところどころ石組みの擁壁が残る

これでも「明治の道」の痕跡が残る

 

砂防堰堤で「明治の道」が見えなくなった。