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「平成22年6月 仙岩峠『明治の道』調査 速報」

2010年6月9日

調査日時 平成22年 6月9日(水) 
天 気 晴れ

 10時に道の駅「あねっこ」のNPO法人秋田岩手横軸連携交流会の事務所に集合、 (株)タックエンジニアリング前社長の佐々木さんの車で、国見温泉前の旧国道ゲート前に向かう。

 今回のメンバーは、横軸の阿部さん、 (株)パスコの三浦隊長、菅原さんと私の5人のメンバーで、昨年一部整備した明治の道の「ヒヤ潟」までの道の継続調査。今回は、昨年の場所からさらに奥に進み、できれば「ヒヤ潟」の脇まで進み、東北電力の作業道となって現存する明治の道に遭遇できないかというもの。

  旧国道ゲートまでの道筋に、「たけのこ採り(クマザサ:チシマザサ:別名ネマガリ竹のタケノコ)」のための車両が停車している。秋田ナンバーが多いが中には宮城ナンバーの車もある。 旧国道ゲート前に駐車場にもそれらの車が駐車場からはみ出るように駐車して、収穫を終え車のそばで話をしている人もいる。このゲートは、今年は鍵が壊されていないとのこと。

※数年前に、来たときはゲートの鍵が壊され自由にタケノコ採りの車両が出入りしていた。

 ゲートにつくと、「鍵を壊すと刑法によって罰せられる云々」の表示、さらにゲート前にロープとバリケートが置かれ、ものものしい。 役場で、借りたゲートの合い鍵でゲートを開けると、たけのこ採りの人々が、こちらの様子を見ている。

 

調査車両がゲートに入る。周囲の新緑がまばゆい。

 このゲートから旧国道の頂上にある「ヒヤ潟」まで、歩くと30分の登り道。車だと10分未満でたどり着けるので、この合い鍵はありがたい。この道は今も、東北電力の高圧線整備のための作業道として利用されている。しかし、昨年は嵐で倒れた倒木が道をふさいでいた。そのみんなでその倒木の枝を払ってかろうじて車が通れるすきまをつくって進んだが、今年はその木もきちっと伐られて通行に支障はなかった。

 「ヒヤ潟」を車で通り過ぎて、明治の道に向かう東北電力作業道の入り口に向かう。その道の前に、東北電力の作業員達が乗ってきた思われる車が3台駐車してあった。

 そこから、一気に下に降りて明治の道の合流点に向かう。作業道を入ると、水たまりに緑色で白みがかかった寒天質状のものが房のようにくっついたようなサンショウウオの卵らしきものがあった。天気がいいので、春ゼミの声がうるさいほど森に響いている。ヒヤ潟の上にある「国道仙岩峠記念碑の石標」が谷あいから見える。明治の道の合流点に近付くと東北電力の伐採作業のチャンソーと思われるエンジン音が聞こえる。

水たまりのサンショウウオの卵

 

明治の道合流点に向かうメンバー遠くにヒヤ潟

 明治の道の合流点につくと、昨年整備したヒヤ潟に向かう道がそのまま残っていた。この合流地点から右に、田沢湖町へ降りていく明治の道は、東北電力が作業道として利用しているので、高圧線の鉄塔までは整備されている。しかし反対のヒヤ潟に向かう登りの道は、まったく利用されていないので、数年かけてこのメンバーが下刈などの整備してきた。それでも荒廃がひどく、500mも整備できているだろうか。

 その整備してきた道が終わるあたりは、道が大きく右カーブしている。三浦隊長の話だと「ここには、橋がかかっていたかもしれない。」とのこと。道と谷の間に石組の擁壁が残っていた。この先は今まで最大の難所で、かなり上部から崩落し、ガレ場となって道の面影すらない。

ヒヤ潟に向かう明治の道の入り口付近

 

カーブの下に埋もれている石組の擁壁

 急斜面のガレ場は、かなり高さがあり一気に落ちている。崩れた土が滑るので足場さえおぼつかない。かろうじて生えている笹や、低木の枝などにつかまりながらトラバースする。苦難の末にガレ場を越えると、道らしき平坦な場所があった。しばらくその道の面影をたどって進む。

 やがて、人の姿を隠すほど伸びたクマザサ(チシマザサ)が一面に生い茂り往く手を阻む。道はしだいにその面影を失い単なる斜面としか思えなくなってくる。そしてしばらくするとまたか細いが道らしき平坦に続いた場所が出現する。そして再びそれが消え、クマザサと単なる斜面が全面を阻む。そして、ついに道が見えなくなってしまった。三浦隊長のGPSで、この付近の上部がヒヤ潟に近いことが確認できた。

 

かろうじて道らしき場所を進む。下は絶壁。そしてついに道が見えなくなってしまった。

 正面は斜面にクマザサが生い茂り道らしいものはまったく確認できないものの、頭上は空に開けており頂上がそんなに遠くないことを予感させた。

 ここで、明治の道の捜索はあきらめ、佐々木さんが先頭になり、上部に登りはじめた。そして佐々木さんがタケノコ採りの歩いてできたものなのか、細いけもの道のような登り道を見つけた。佐々木さんを先頭に、その道とも思えない道をしばらく登っていくと、旧国道のヒヤ潟の近くに出ることができた。明治の道からは離れてしまったものの、ヒヤ型から直接明治の道に降りるルートが見つかったことになる。

 「この旧国道の工事が終わるとともに明治の旧道に余った土砂などを上から落としたために道がなくなったのかもしれない。」などと、かってに想像したが、結局ヒヤ潟の南側の東北電力の作業道となっている明治に道に交わると考えられる道の痕跡は、途中で途切れ、今回の調査では確認できなかった。

けもの道の途中から見た田沢湖町方面

 

辿り着いたヒヤ潟付近の旧国道の脇

 本日の主な調査は、ここで終了し、昼食をとってヒヤ型周囲を散策しているとタケノコ採りの人が数人降りてきた。大漁らしく大きなキャスター付きの袋を引っ張って降りて行った。

ヒヤ潟で休憩中に現れたヒキガエルの子供。

 

新緑の史談会道(東北電力作業道)

 ここでパスコの三浦隊長と菅原さんと私の3人が東北電力の作業道別名「史談会道」を下りて、佐々木さんと阿部さんの2人は、乗ってきた車で横軸の事務所に戻り、その後坂本で3時30分ごろにピックアップしてもらうことにして、ヒヤ潟で別れた。

 毎年、峠のガイドコースである「史談会道」を、ヒヤ潟から「助小屋」そして秋田領の石標が立つ的方まで緩やかに登り、的方からふもとの坂本までのんびり下る慣れたコース。途中で、道路で休んでいたタケノコ採りの2人連れと立ち話をする。旧国道のゲートが閉鎖されているのでバイクで来た2人づれらしい。たくさんのタケノコを採って帰るところらしい。この道が下につながっているかどうかに興味があるらしく、しきりの道路の状態を聞いた。

 「助小屋」跡に着いて驚いた。昨年まで少し傾きながらもちゃんと立っていた標注が倒れてしまっている。前かがみに傾いていたのに今年は、仰向けになって完全に倒れていた。倒れるならうつ伏せになりそうなものを、誰かがいたずらして倒したのかもしれないなどと話して、写真を撮り跡で仙北市の文化財の部署に連絡しようなどと話して「助小屋」跡を通過。的方に向かう途中で貝吹岳に登って帰る途中の登山者の一行と出あう。

 

仰向けに倒れている助小屋跡の石の標注

 的方では秋田領の石標がそのままなのを確認。途中で、残雪でくっきりわかる「江戸時代の道」を確認するなどしながら一気に下山して坂本で待つ佐々木さんの車にピックアップしてもらい、道の駅「あねっこ」に着く。峠は新緑に包まれ天気が良く、道端の「シラネアオイ」「ヤマツツジ」「うつ木」等の花々が満開で目を楽しませてくれた。

秋田領の石標

 

シラネアオイ

江戸時代の道が残雪でくっきりとわかる

 

濃いピンク色のヤマツツッジの花

満開のウツギ

 

坂本の手前の沢にかかる丸木橋を渡る

〈現地付近図〉

現地付近図